雑記

映画「くじらびと」の舞台挨拶で石川梵監督が語った想いと映画を2倍楽しむ方法

インドネシアでクジラを獲って生活する人々を撮影したドキュメンタリー映画「くじらびと」を観てきました。
舞台挨拶を聞くことができたので、そこで語られたことと私の感想を書きます。

この映画は、貴重な映像そのものが価値であり、ネタバレの概念は存在しないと思いますが、この記事では本編の内容にも触れるので、もし全く前情報なしで観たいという方はご注意ください。
個人的には、ある程度前情報があった方が楽しめると思います。

ナレーションがない映画

この映画にはナレーションがありません。

銛一本でクジラを獲り、それで村人全員が生活するという希少な人々の生活は特別で、ナレーションで解説したくなることはたくさんあると思いますが、監督はあえてナレーションは入れていないと仰っていました。
村の人々の生活や、鯨漁についての説明は、すべて村人の口から語られます。
そのためには、長い時間かけて多くの村人から話を聞き、撮影する必要があるため、大変だったようですが、村の生の声を後世に残したいという監督の想いを感じます。

ナレーションがないため、人によっては、もう少し説明が欲しいと感じるかもしれません。
私が冒頭で事前情報があった方が楽しめると書いたのもそのためです。
そこは、監督もちゃんと考えていて、「パンフレットにびっしりと書きました」と仰っていました。

その言葉通り、パンフレットには村や鯨漁、監督の想いがたくさん書かれていて、1冊の本として成立するほど読みがいがあるパンフレットでした。
これで800円は安いと思います。

舞台挨拶で監督が話した内容の多くもこのパンフレットに書かれているので、舞台挨拶に行けなかった方も監督の想いを知ることができていいと思います。

監督がいるとクジラが出ない

クジラを獲って生計を立てている村だから、クジラはたくさん獲れるのだろうと思っていました。

でも、実際はめったにクジラが出なくて、監督が撮影に行っている3か月の間にクジラが出ないというのが2年連続続いたようです。
しかも、監督が行く直前と、帰った直後にはクジラが獲れたという年もあったようです。

こうなると、監督がいるとクジラが獲れないというジンクスが村で噂されるようになります。
昔からの古い伝統を守る村人たちは、ゲンを担ぐので、とても肩身が狭かったようです。

私はダイビングをしているので、この気持ちはすごくわかります。
ダイビングでも、大物運があるとか、ないとかよく話題になります。
海の生物が出るかどうかは、本当に運次第で、どんなに優秀なガイドでもいないものを見せることはできません。

大物狙いで行って大物が出ないダイビングは、本当に何もない「無」です。
ただただ、一日中海の上にいて、青一色の何もない海を潜り、船に揺られるだけで、何も見ることなく帰ってきて、ダイビング代はしっかりかかるという残念なことになります。

でも、ダイビングは遊びだからまだ救いがあります。
これが、村人全員の生活がかかっている漁であり、監督にとっても作品の成否を決める取材なのだから、プレッシャーはすごいと思います。
毎朝夜明け前に出て、何の日除けもない船で炎天下の荒れる海に一日中いるという非常に過酷な経験をして、何も収穫がない。
とてもつらい毎日だったと思います。
その長い忍耐の末に撮影されたこの映画は、本当に貴重な記録で、ぜひ一人でも多くの人に見てほしいと思います。

フレーミングすら難しい環境での撮影

揺れる船の上での撮影は、作品として構図を考えて撮る以前に、画角に入れて映すだけでも難しかったようです。
しかも、クジラが獲れる機会は非常に少なく、撮影のチャンスは限られています。
漁師も必死なので、船上は慌ただしく、ゆっくりカメラを構えている余裕もないと思います。
そんな状況で、よくこの映像が撮れたと感心するほど美しい映像でした。
映像を見ている限り、船の揺れは全く気になりません。

この撮影には、新しい技術が活躍したようです。
撮影時のブレを防止するスタビライザーと空撮用のドローンです。
監督は30年間この村に通って撮影をしていますが、今回の映画に使われた映像の大半は、2017以降の取材で撮影されたものだそうです。
「技術の進化があったからこの映画が撮れた」と監督は仰っていました。

でも私は、これは監督の謙遜ではないかと思います。
少ないチャンスで作品として成立する映像を撮るのは本当に難しいと思います。
ダイビングで写真を撮っていても、目では見えているのに写真に収めることができないという状況はよくあり、機材があれば撮れるというものではありません。

もちろん、ドローンがないと空撮は不可能で、機材の進化が必要というのはありますが、それ以前に、生活がかかっている大事な漁に同行させてもらえる信頼、少ないチャンスで撮影する技術、何か月も待ち続ける忍耐、死に物狂いで抵抗するクジラに近づく勇気、それらがあって初めて撮影できる映像です。
これは本当に石川監督にしか撮れない貴重な映画だと思います。

時代を超えて伝統を継承する映画

このような希少な風習をもった人々のドキュメンタリー映画は、その様子を日本や他の先進国に伝える映画と考えられ、監督自身も世界にこの素晴らしい伝統を持つ人々の様子を伝えたいと思って、撮影を始めたようです。

でも、撮影をしていくと、鯨漁の漁師からある言葉をかけられたようです。

「梵(監督)、お前の作品をこれからの村の若い者たちに見せて、我々が守ってきた伝統や想いを伝えてほしい」

鯨漁は危険を伴い、収入も安定しないため、若い人の多くは、勉強して街で暮らすことを選んでいるようです。
高齢化が進み、鯨漁は深刻な人手不足になっています。

この鯨漁がいつまで続くかわかりませんが、この村にとって、鯨漁は単に食事だけを意味するのではなく、文化でもあります。
鯨漁がなくなるということは、この地球上から1つの文化が消えるということになります。

クジラに感謝し、クジラとともに生きてきた漁師は、鯨漁の衰退とともに村の伝統や文化が消えていくのを危惧しているようです。
この映画は、世界に村の様子を伝えるというだけでなく、村の次の世代へ時代を超えて伝統を継承する映画でもあります。

外部の好奇心だけで作られた映画ではなく、村人も望んだ映画ということに感動しました。

まとめ

まだまだ書き足りないですが、この記事で興味を持った方は、ぜひご自身で実際に映画を見てほしいです。
美しく、迫力のある映像は本当に貴重で、絶対に自分では体験することができない世界を観ることができます。
銛一本でクジラを獲るという珍しい漁の様子だけでなく、そこに生きる人々の想いや文化、さらにクジラ目線での描写もあり、本当にいい作品だと思いました。

映画を見に行ったら、パンフレットも購入することをお勧めします。
この記事に書いたようなことが詳しく書かれているので、映画を2倍楽しめます。

くじらびと公式HP

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